ヴィヴァルディ作・編曲 オペラ(パスティッチョ)
『テンペのドリッラ』
全3幕
台本:アントニオ・マリア・ルッキーニ
Antonio Lucio VIVALDI(1678-1741)"Dorilla in Tempe RV709"
Libretto di Antonio Maria Lucchini
Sinfonia | Allegro - Andante - Allegro |
第1幕 | |
第1場 | |
(牧歌的な花々に彩られた清々しい丘陵の光景が広がっている。 ニンフと羊飼いたちの歌声が、来たるべき春の数多の装いを歓び迎えている。 茂みに遊ぶドリッラとエルミーロ) |
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Coro | そぞろに渡る風に、小川のささやきに、 |
喜びの歌をうたいましょう。 | |
私たちは美しくも栄えある、新しき季節にいるのですから、 | |
あらゆる春の使者に、この歌をお捧げしたいのです。 | |
Due del Coro | 若芽の枝のはざまに響く、小夜啼鳥(サヨナキドリ)のさえずりも、 |
喜びにあふれ、愛を語ります。 | |
やがて彼女は嬉々として、羽ばたき、幸せの待つ巣へと飛び立ってゆくのです。 | |
Coro | 私たちの心のうちでもまた、可憐な愛の使者、 |
春の装いが、新たな誓いを燃え立たせています。 | |
Due del Coro | 丘と草原の輝き、そこを渡る艶めかしい風が、 |
スミレとユリ、バラの芳しい香りを振りまいてゆく。 | |
正直者の小夜啼鳥(サヨナキドリ)たち、 | |
喜びに咽ぶ私たちのところへ戻っておいで。 | |
Coro | 喜ばしくも新しきこの季節が、 |
人生に樹木や花々の彩りを与えるように、 | |
私たちの心に愛を溢れさせ、 | |
霜雪の季節を彼方に押しやるのです。 | |
Recitativo | エルミーロ |
さあドリッラ、この四月、愛すべき春の贈り物でいっぱいだ。 君はどの希望の新芽が、僕たちの愛を飾り立ててくれると思う? |
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ドリッラ | |
私の眼には、いまもたくさんのものが、冷たい恐怖に包まれているように見えるわ。 私たちの希望の新芽も、その下に覆い隠されているのじゃないかしら。 |
|
エルミーロ | |
よしてくれよ!なんでそんなことを言うんだい?それじゃあ… | |
(二人して立ち上がる) | |
ドリッラ | |
ごめんなさい、エルミーロ。もちろんきっと、優しい風が分厚い氷を溶かしてくれるわ。 だけど、いまはじっと私のことを愛していてほしいの。 |
|
エルミーロ | |
どいういうこと?君は僕の気持ちを疑っているみたいだね? | |
ドリッラ | |
いつの時も愛がうまくいくなんて、誰が知っているかしら? 私たちの愛は誰も気が付いていない。 けれど、そうは言っても、お父様が、アドメート王がこのことを知ったら、それはお怒りになるわ。 |
|
エルミーロ | |
たとえ希望のない愛でも、どんな悲しい結果が待っていようと、 君へのこの気持ちに揺らぎはないよ。 |
|
ドリッラ | |
ええ、愛しているわ。あなたのドリッラも、あなたの望む場所へ行く。 | |
エルミーロ | |
ああ、君がこの僕のものだと言ってくれたね? その言葉だけで、僕の不安は甘い悦びに変わる。 |
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Aria | エルミーロ |
愛の甘さがこの僕を包み込む、 | |
そうさ、いとしい君を見つめているだけで。 | |
けれど誰が知っていよう? | |
愛に裏切られることの、不安のうごめきを。 | |
もしも僕が彼女を裏切り、愛らしいその瞳を見捨てるならば、 | |
僕は不実のならず者、無残な変節漢でしかないだろう。 | |
( Composizione di Johann Adolph Hasse ) | |
第2場 | |
(アドメートとノミオが加わる) | |
Recitativo | アドメート |
娘よ、そしてノミオ、おお神よ! 未曾有の大惨事が、このテンペに、テッサリアの王国に忍び寄っている。 |
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ドリッラ | |
お父様! | |
ノミオ | |
陛下、どうなされたというのです? | |
アドメート | |
大蛇ピュートーンだ、あの恐ろしい怪物が、暗黒の地獄の口から吐き出され、この地を荒らし、 王国を滅亡させようとしている。直ぐ近くの岸辺までやって来ておるぞ。 破壊と死に飢えたあやつが、われらに破滅をもたらそうとしている。 |
|
ドリッラ | |
何か重大な罪が天の怒りにふれたのですわ。きっと恐ろしい罰があたる。 急いで生贄を準備し、神様にお捧げしなければ。 この惨劇を避けるためには、ご神託ではなんと出るのか。 お父様、国のために、すぐにお勤めにかかりましょう。 |
|
Aria | ドリッラ |
この胸に宿る希望の光よ、 | |
それはあたかも朝まだきに咲く花のよう。 | |
刹那に咲きほこり、ついには萎れる。 | |
それとも淡く優しく行き過ぎる風のごとくに、 | |
瞬く間もなく弱まり消え失せ、 | |
二度と戻ることもないのかしら。 | |
第3場 | |
(アドメート、ノミオ) | |
Recitativo | ノミオ |
陛下、その怪物を退治したあかつきには、その者にはいかなる褒美をお与えになろうとお考えですか? | |
アドメート | |
言わずもがなのことを聞くものだ! そのような者がいるとすれば、余がその者をないがしろになど出来ようはずもなかろう? だが、いったいいかなる者が、天の放つ怒りに勝るがごとき力を持ち得よう。 余はすぐにでも、神に捧げる生贄を用意しよう。 神だけが、真の救いの光をわれらの上にもたらしてくれるのだからな。 |
|
Aria | アドメート |
忌まわしいその巣穴から、 | |
恐ろしい形相をして奴が這い出てくるぞ。 | |
怒りをその身にたぎらせて、瘴気を吐き出し、 | |
われらを恐怖で押し倒しながら。 | |
聞こえてこよう、とどろく咆哮が、 | |
凶事の予感で余を圧し潰す叫びが。 | |
第4場 | |
(ノミオ一人で) | |
Recitativo | ノミオ |
アポロンたるこの私が、 神々の王によってアドメートの羊飼いノミオとして生きることを余儀なくされるなら、 私はそれがドリッラだろうと、ダフネやクリツィアであろうと、出会いたいと望んだのだ。 この私の愛は、頑迷な辱めと軽蔑を受けねばならぬだろう。 さもなければ、その女が神のおこないによって打倒されるだけだ。 |
|
Aria | ノミオ |
愛する人を見つめたときに、胸のうちに声が響いた。 | |
お前ほど惨めな者は他にはいないと。 | |
残酷で、堪え難い苦痛、とてつもない悲しみ。 | |
そうとも、わかっているのさ、神なんていはしないのだと! | |
第5場 | |
(聖別されたテンペの神託所。彫像に覆われ、プラタナスと月桂樹に囲まれた祭壇がある。 アドメート、ドリッラ、エルミーロ、そして羊飼いの歌い手たち) |
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Recitativo accomp. | アドメート |
おお、テンペの運命をその手に握り、すべてを知りたもう神よ、 わが祈りと、誓いとを聞き届けたまえ。 |
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Coro | 羊飼いたち |
おお、哀れなる者どもの呻きと涙によりて、 | |
どうか慈悲を垂れたまえ。忌まわしき怪物の、 | |
飽くことを知らぬ恐怖の餌食となる、 | |
われらの国と民のために。 | |
(アドメートは祭壇の上の聖火台に火を灯す。 月桂樹とプラタナスが糸杉の紫煙のなかに投げ入れられ、その葉から血が滲み出る。 すると、祭壇の上に文字が現れ始める) |
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Recitativo | ドリッラ |
いったいこれは? | |
エルミーロ | |
おお、なんということだ? | |
アドメート | |
この不吉な文字は何を意味するのであろう?見えているものは真実なのか? おお、神よ、これを読めと仰せなのか? |
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(声に出して読む) | |
”ドリッラをピュートーンの生贄に差し出すならば、天の怒りは鎮められるであろう” 死ねと言われるのか? |
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ドリッラ | |
ああ、血も涙もないわ! | |
エルミーロ | |
何故だ?ドリッラがあの怪物の餌食になるだと?許せぬ。お前は天界の神などではない、地獄の悪魔だ。 人間の血を欲する、野蛮なならわしだ。 だがお前の望みは叶わぬ。ドリッラの高貴にして無垢なる血は、お前のものになどならぬ。 彼女は地上の神というべき、アドメート王の娘。 王は狂気と邪悪に満ちたお前の命になど、従うはずもない。 |
|
アドメート | |
罰当たりで不遜な言葉は慎むがよい、エルミーロよ。 心を分けた最愛の娘よ、この腕に抱かせてくれ。苦しみに呻くこの父の、最後の抱擁を受けてほしいのだ。 わが娘、ドリッラよ、わが胸からほとばしる、この気持ちをわかってほしいのだ。 これは運命なのか?そうだ、そうするしかないのだ。 |
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(アドメートがその場を去る。そのとき、樹々が黄金の葉で覆われ、再び聖壇に火があがる) | |
第6場 | |
(ドリッラとエルミーロ) | |
Recitativo | エルミーロ |
そんな馬鹿なことがあるか!たとえ神といえど、こんな残酷な宣告があっていいものか。 無垢なる者に対するこんな苦しみが認められるならば、罪ある者に対する懲罰は想像に絶するというべきではないか? |
|
ドリッラ | |
死の運命に甘んじる?娘を見捨てるというのですか? 私はお父様にとってその程度のものだったのでしょうか? ひどいわ、お父様がそのようなお方だったとは。 神様は不公平です。こんな考えられないような仕方で命を奪というのね? 王の娘が魔物の餌食になって、食い裂かれるというの? 凶暴な神々よ、私にどんな落ち度があって、その怒りを受けねばならないのでしょう? 待って…、ドリッラ、何を言っているの?弱々しい身だからと、臆病風に吹かれたのね? 神様、どうぞお許しください。許して、お父様。あなたは間違っておりませんわ。 王国を救うために、王の娘はその犠牲になるのですから。 |
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エルミーロ | |
何だって?気でも狂ったのか? 君はすすんでこの恐ろしい生贄に身を捧げようというのか? そんなのはだめだ。何とかしてこの地獄から逃げる方法を考えよう。 |
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ドリッラ | |
そうね、でも逃げると言っても、本当に助かる見込みはあるのかしら? 忌まわしい掟はどこまでもつきまとってくるわ。 そして王国は救われることなく、お父様にも背いて、世界中から軽蔑された揚げ句に惨めに死んでゆくのよ。 ああ、エルミーロ、どうかしているのはあなたのほうだわ! |
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エルミーロ | |
じゃあどうしたらいいんだ!… | |
ドリッラ | |
私たちは心を強く持たなければいけないわ。 儀式の準備をするために、もう祭司たちが来ている。 ここにいて頂戴。私は行くわ、愛するお方、もうお会いすることもないでしょう。さようなら。 |
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第7場 | |
(エルミーロが一人でいるところへ、エウダミアが登場する) | |
Recitativo | エルミーロ |
生きる意味を失ってしまった。僕は打ちのめされ、ここに残された。 彼女は死に赴いたのだ。 大いなる悲しみよ、僕を殺すか、さもなければすぐさま何処かへさらっていってくれ。 …でもいったい何処に。 |
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エウダミア | |
愛するお方、どうぞあなた様をお慕いするこの私の腕のなかにお休みください。 あなた様を苦しめる、その辛い悲しみから楽にして差し上げますわ。 深傷を負って、自棄になっているのね? けれど私には、あなたが悲しみに食い潰されているようには見えないの。 悲しみを癒す道はあるわ。あなた様は、ただ愛の眼差しを必要としているだけ。 そうよ、あなたを呑み込んでいるその堪え難い痛みから、じき自由になることでしょう。 |
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エルミーロ | |
ああ、こんなに苦しんでいるのに、馬鹿にするのはやめてくれ! | |
エウダミア | |
ちっぽけな苦しみですわ!ああ、冷たいのね! 私だってドリッラの理不尽な運命を気の毒に思ってよ。 けれど、あなたのそのなりふり構わぬ悲しみのほうが、私には辛いのよ。 |
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エルミーロ | |
もうよしてくれ!僕を傷つけるのは! | |
エウダミア | |
つまり、心からの私の思いも、あなたには迷惑でしかないのね。なら、言い方を変えるわ。 怒りと嫌悪、軽蔑、そして攻撃の言葉に。 私はアドメート王にお知らせすることにするわ、あなたは図々しくも姫君の恋人におさまっているけれど、 私はあなたを愛しているのだから、いまはあなたを嫌いになることで気持ちをおさめています、と。 |
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エルミーロ | |
好きにしたらいいだろう。僕を好きになろうと嫌いになろうと、僕にとっては何も変わらないさ。 愛そうと愛すまいと、その気持ちを咎めることは誰にも出来ないからね。 |
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Aria | エルミーロ |
強い心で立ち向かおう、 | |
僕の前に立ちはだかるこの不運に。 | |
死神といえど、この思いを挫くことは出来ぬ。 | |
無常なるわが定めは心に暗雲を誘う。 | |
けれども不安に屈せず、この波を越えてゆくのだ。 | |
( Composizione di Johann Adolph Hasse ) | |
第8場 | |
(エウダミアとフィリンド) | |
Recitativo | エウダミア |
どんなにつれなくされても、希望を捨てはしないわ。 | |
フィリンド | |
ああ、ひどい人だ!君から逃げようとする男を、そんなにも追いかけるなんて。 君への愛にこんなにも心を痛めている僕を侮辱するんだね? |
|
エウダミア | |
エルミーロは何て言ってたの、聞いたんでしょ? | |
フィリンド | |
ああ、ここに隠れてすべてを聞いたとも。ふう、愛とは無情なものだよ。 そうさ、僕は君から受けた屈辱には堪えられない。 僕はもう行くよ、君は残るがいいさ。僕がいなくなってせいせいするだろう。 君はそこに悦びや愉しみ、愛があると思っているんだろう、でも、本当は不運や苦しみ、悲しみかも知れないんだぜ。 行きなよ、君なんてどうでもいい。そして僕と同じ不幸を味わうがいいさ。 考えなしの気まぐれ女さん。 |
|
エウダミア | |
やめてよ、待って、フィリンド。 〔独白:私の愛を実らせるためだわ、ここはうまく彼を利用してやりましょう〕 聞いて頂戴、真剣なの。私も本気になりかけているわ。 だから私の言うことを聞いて。私の言う通りにして。大丈夫だから。 エルミーロがドリッラの愛を失ったという確証がほしいの。 彼が、他の誰かに心を寄せているかどうか、挙動を監視して頂戴。 そうよ、フィリンド、そうした希望の兆しがあれば、あなたへの愛は深まるのよ。 |
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Aria | エウダミア |
私の愛に応えてほしいの、この心を優しく包んで。 | |
愛しい岸辺に口づけしては、海の彼方に押し戻されたりの、 | |
風のきまぐれになびく波じゃ許さないわ。 | |
私の心の内を知っているのなら、 | |
だからわかって。どれだけあなたを愛しているか。 | |
第9場 | |
(フィリンド一人で) | |
Recitativo | フィリンド |
さらにこれ以上堪え忍ばなければならないのか?わが心よ、何とする? まあ、なるようにしかならないさ。 たぶん、僕の愛か怒りを呼びさましてくれるだろう。 そうすれば、望まぬ心の痛みも感じないで済むだろうよ。 |
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Aria | フィリンド |
抜け目ない猟師は網の名人、縄も投げ矢もまた然り。 | |
狙った獲物は逃がしはせぬと。 | |
けれど自分の努力が無駄に終われば、 | |
怒りと意地で地団太踏んで、網を引き裂き、縄を切り、周りに当たり散らすだろう。 | |
( Composizione di Geminiano Giacomelli ) | |
第10場 | |
(海辺にて。祭司たちに伴われたドリッラ) | |
Recitativo | ドリッラ |
ここが私の名誉ある終焉の地。この私の血を以て、私の名前の上に、勝利の桂冠を授けるべき、最期の場所になる。 見るのです、おお、テッサリアの者たちよ、汝の救いは即ちこの私。 ご覧ください、ああ、神様、あなたの求めに殉じていく女の姿を。 さあ、見て下さい、ひとり潔く、生贄の祭壇へと昇ってゆく私を。躊躇なく自らの義務を果たしましょう。 唯一つ無念なこと、それはこの宿命に殉じる前に、幸せな結婚生活をなし得なかったことだけ。 |
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(彼女は海のほうへと歩み進んでゆく。そこで岩に縛り付けられる) | |
正義と寛容を以て天界を治めし神よ、どうか私に憐れみをおかけ下さい。 怪物がもうそこまでやって来ている。 ああ、神様、私は恐怖と苦しみのなかで死んでいきます。 |
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(大蛇ピュートーンが沖に姿を見せる) | |
第11場 | |
(ノミオ、ドリッラ、アドメートと羊飼いたち) | |
Recitativo | ノミオ |
もう大丈夫だ、ドリッラ、あなたを援けるために来た。 | |
ドリッラ | |
ああ、逃げて。無茶よ、やめて!食い殺されてしまうわ! | |
ノミオ | |
いえ、あなたにこの私の高潔な勇気をお見せ出来るのは、光栄なことなのです。残酷なお方よ! | |
(怪物が近づいてきてドリッラに飛びかかろうとしたまさにそのとき、ノミオが怪物を打ち倒す) | |
忌まわしい怪物め、死ね! | |
ドリッラ | |
救けが来たわ、ああ神様! | |
ノミオ | |
おお、わが栄誉の力に抗おうとも無駄だ、死ね。 | |
(怪物が打ち倒される) | |
奴は死んだ!さあ、もう心配はいらない。 | |
(ノミオはドリッラを解放する) | |
ドリッラ | |
神様の祭壇に松明を明々と灯し、献香いたしましょう! ノミオよ、とこしえに緑なす月桂樹の冠で貴殿の頭を飾りましょう。 その不滅の記憶は、英雄譚に謳われ、その名は青銅と大理石の碑文に永久に刻まれることになります。 |
|
アドメート | |
おお、慈悲深き天界!勇者ノミオよ! テンペ、テッサリア、全世界のいのちはそなたにより救われた。 愛する娘よ、言葉にならぬ、余の心は喜びにあふれておるぞ。 |
|
ドリッラ | |
王の娘にふさわしき者として、すべての力を尽くし、恐怖に打ち勝ち、 なすべきすべてをおこないました。 そして今、お父様の変わらぬご慈愛のために、この新しいいのちを得たのです。 〔独白:そして、私が愛するあのお方のために〕 |
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第12場 | |
(ノミオ一人で) | |
Recitativo | ノミオ |
もし彼女にその思いがなかったとすれば、きっと僕に感謝の一瞥をくれることもなく、 行ってしまったに違いないのではないか? とにかく、死の恐怖を味わった後で、思いもかけず生き延びることが出来たのだ、 まだ平常な気持ちにはなれないだろうし、優しい感情だって取り戻してはいないだろう。 |
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Coro | 羊飼いたち |
おお、歓喜にわくテンペよ、 | |
忌まわしき怪物もろともに、われらの恐怖もついえ去った。 | |
奴を倒した勇者を讃え、そして歌おう。 | |
その勇気は、死の恐怖からわれらを解き放ってくれたのだから。 | |
(羊飼いたちが怪物の首を切り落とす) | |
羊飼いの一人 | |
さあ、こぞって感謝を表そう、 | |
椰子の葉と月桂樹を彼の足もとへ。 | |
心からの賞賛と栄誉を、永遠の勝利者に贈るのだ。 | |
羊飼いたち | |
怪物の頭を空へと投げよ、 | |
勝利者の栄光のしるしとして! | |
してその勇者の力に、揺るがぬ忠節を以て、 | |
敬意と恭順と愛とを表するのだ。 | |
(羊飼いたちの舞踏が続く) | |
第2幕 | |
第1場 | |
(奇怪な装飾が施された柱廊。水辺を見渡す光景。エルミーロとドリッラ) | |
Recitativo | エルミーロ |
ああ、僕の心はとてつもない喜びであふれている。 これがどんなにたいへんな幸運か、よくわからないくらいだよ。 心が混乱して、ほとんど理解しようがないのさ。 |
|
ドリッラ | |
私を見て。大好きなエルミーロ。あなたへの愛のために生まれ変わったの。 死の渕にあってさえ、私はあなたの心に生きていた。 でも、私は本当の、生きている私。あなたの愛が生き返らせてくれたのよ。 |
|
エルミーロ | |
ああ、ドリッラ、僕を許してほしい。 こんなにうれしいのに、またぞろ僕の心は君を失うことの不安に悩まされている。 |
|
ドリッラ | |
どうして?何がそんなに不安なの? | |
エルミーロ | |
君を救ったあの勇敢な男さ。君も言っていたよね、彼もまた君の愛を求めていると。 いまは彼にとって、君に近づく絶好の機会さ。 |
|
ドリッラ | |
ああ、ひどいわ。あなたの愛はその程度のものだったの? 心外よ。今だって、あなたへの真実の思いは揺るぎないし、一点の曇りもないわ。 だから、私への愛をもっと強く持ってほしいの。 |
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Aria | ドリッラ |
あたかも海の波のように、寄せては返す、 | |
それは苦悩、希望そして悲しみ。 | |
ひとつが去れば、ひとつが兆す。 | |
信じましょう、その刹那の安心を。 | |
絶望に呑まれるなかで、嵐のただ中で。 | |
心が平和から遠く離れていようとも。 | |
第2場 | |
(エルミーロ一人で) | |
Recitativo | エルミーロ |
ああ、力がものをいうところじゃ、真の愛は通用しない。 彼女が誠実であろうとなかろうと、結局、僕が不幸になることに変わりはないだろう。 希望も救いもあるものか。 |
|
Aria | エルミーロ |
僕は自由になりたい、この囚われの魂から。 | |
でも君はそれを許してはくれないだろう。 | |
偽りの希望よ、お前は一番最初に生まれ、最後まで生き残ろうとする。 | |
そうとも、お前は他者の痛みにとって何の慰めにもならぬ。 | |
ただ無益にそそのかし、その気にさせているだけなのさ。 | |
( Composizione di Leonardo Leo ) | |
第3場 | |
(アドメートとノミオ) | |
Recitativo | アドメート |
このアドメートが、父そして国王として、この国と余の娘を救ってくれたそなたの勇気に報いる力があるならば、 言うがよい、何なりとな。そなたの得るところとなろう。 |
|
ノミオ | |
寛大にもそのような御心をお示し下さいますならば、陛下、私はさらに栄誉ある褒美をお望み申し上げます。 それは、私の勇気を幸運へと導いたのと、同じ力に促されたものです。 私がお望み申し上げるのは、姫君ドリッラ様です。 |
|
アドメート | |
余の娘だと? | |
ノミオ | |
いけませんでしょうか? 見ず知らずの牧童がそのような申し出をしたことに、陛下は驚かれておられるのでしょうか? けれど、この粗末ななりの下には、陛下の思いもよらぬ姿が隠れているのです。 いまはわけがあってこのような恰好をしています。私自身にすら、不可解なこのような姿を。 |
|
アドメート | |
そなたの卓越したおこないは、まさに特別なものだ。解放者たるそのおこないは、国の王たるにもふさわしい。 ドリッラよ、こちらに来なさい! |
|
ノミオ | |
〔独白:心が歓喜に沸くぞ。努力の報い、その甘き果実を、やっと手に入れることが出来るんだ。 今までは愛の苦しみばかりを味わってきたけれど、とうとう悦びを見出すことが出来た。〕 |
|
第4場 | |
(ドリッラが登場する) | |
Recitativo | ドリッラ |
お父様が呼んでいるわ。 | |
アドメート | |
娘よ、ここにいるのはノミオだ。この男に、お前とお前の心を預けなさい。 彼はその勲功に対する褒美として、お前の愛を欲している。 感謝がそれを呼び、義務がそれを求めているのだ。 |
|
ドリッラ | |
そのような形でこの英雄に報いるというのは、私たちの血統を汚すことになります。 王冠とはそれほど安っぽいものなのでしょうか? |
|
ノミオ | |
あなた様はこの私が何者であるか、ご存じないのです。 私の体のなかを流れる血潮の、その血統は無名のそれですが、偉業によって、私は高貴な者となりましょう。 それが、あなた様の血を汚すことになるとお考えですか? |
|
ドリッラ | |
〔独白:彼は自分の出自を語らないことではぐらかそうとしているわ。でも私には分かるの。 英雄的な行為で私にふさわしい者になったと言うけれど、それは彼自身がしたことではない。 きっと神様が私を援けてくださるために、そうさせたのね。〕 |
|
第5場 | |
(エウダミアとフィリンドが加わる) | |
Recitativo | エウダミア |
この騒動で、あなたの大いなる偉業は、彼女の心を他へと向かわせることになります。 | |
アドメート | |
何だと?余は王であり、かつ父なのだ。娘は私の意志に従わねばならん。 王族の血を受けた娘は、愛よりも義務を優先すべきなのだ。 それにしても、余の娘に手を出そうという、その不届きな輩は何者だ? |
|
エウダミア | |
彼女にお尋ねになればよろしいでしょう。あるいは、フィリンドが知っているかも知れませんわ。 | |
ドリッラ | |
〔独白:あり得ないわ、どうしよう?〕 | |
アドメート | |
本当のことを申せ。驚いて何も言えないのか?おお、その沈黙だけで十分だ。 話せ、フィリンド。 |
|
エウダミア | |
そう、そうよ。見て、聞いたことの全部をね。 | |
ノミオ | |
何を躊躇するのか。さっさと話すのだ。 父上に、そして愛する人に、この侮辱についてのすべてを知ってもらおう。 |
|
エウダミア | |
何を考えているの?何をぐずぐずしているの? | |
フィリンド | |
もうとうに分かっていることでしょうが、教えてやりますとも。 そんなに前のことじゃない、僕はエルミーロとドリッラが、二人だけでひっそりと逢引きしているのを見たんだ。 二人が愛を誓いあう声も、ちゃんと聞こえたさ。 |
|
ドリッラ | |
卑怯な人ね、そんなの嘘よ! 私はエルミーロのことを、純粋な気持ちで愛しているの。それは否定しない。 そうよ、私たちの愛は清らかで、決して王の娘としての名誉を汚すものじゃないわ、心に誓います。 |
|
アドメート | |
しかし、お前のなかには、奴への愛が燃え盛っている、そうだろう! よいか、余の命令に従うのだ。日が沈む前にノミオのもとへ行き、結婚の準備をしなさい。 その間、余は狩猟の手はずを整え、大いなる祝宴に必要なものを揃えるとしよう。 こうしたときにこそ、王への尊敬、父への服従を身に体さねばならぬ。お前のなすべきは余の意志に従うことだ。 さもなければ、金輪際、余の娘とは認めぬ。 |
|
Aria | アドメート |
それでもお前が余に盾つくならば、 | |
もはや余を父と思ってはならぬ。 | |
よく名誉に思いを馳せ、余の威厳を畏れるがよい。 | |
盲目の愛がなすままに、窮地に赴くのか。 | |
娘よ、その胸から追い払うのだ、忠告に従い、 | |
不法で無謀なその愛を。 | |
( Composizione di Domenico Sarri ) | |
第6場 | |
(ドリッラ、エウダミア、ノミオとフィリンド) | |
Recitativo | ドリッラ |
言いなさい、どうして私の邪魔をするの? | |
エウダミア | |
王女様というご身分で、羊飼いが恋人というわけにはまいりませんでしょう。 ちょっかいを出さずに、牧人の恋はその者たちにおまかせください。 あなた様のお相手は、英雄こそがふさわしいのです。 あなた様のためを思って申し上げていることなのに、聞く耳をお持ちにならないとは、我慢なりませんわ。 |
|
ノミオ | |
あなたはエルミーロのことを愛している。だからそんなことを言うのでしょう。違いますか? | |
エウダミア | |
そうでしょ、何の隠し立てもしようがないわね。 でも、ドリッラ様のつまらないプライドのせいで、彼は私の愛を拒み、蔑んだのよ。 |
|
ドリッラ | |
愛を無理強いしようだなんて、さもしくて、卑しい暴力よ。 愛は本来備わった心の自由がなすもの。心のままにあるものなの。 だから無駄なの、ノミオ、私の気持ちは変わらないわ。 (エウダミアに向かって)私の愛の邪魔立てをしようとすることもね。 |
|
Aria | ドリッラ |
あなたを好きにならないからといって、 | |
ひどい女と呼ばないでほしい。 | |
心は一途なの、他のお方のために燃えているわ。 | |
誰か他の女性をお探しください、 | |
あなたへの愛に苦しみ、悶える恋人を。 | |
鎖に繋がれた心から、愛は望めないもの。 | |
第7場 | |
(エウダミア、ノミオとフィリンド) | |
Recitativo | フィリンド |
なんて因果なことだ、僕たち皆、愛する相手に見向きもされない者どうし。 そして望まぬ相手から逃げなきゃならないときてる。 |
|
エウダミア | |
私にすれば、追求するべきはもう愛ではない、仕返しよ。 | |
ノミオ | |
よすんだ、エウダミア。まだ自分の愛を消してはいけない。怒りの炎こそ消し止めるんだ。 君と僕は運命共同体だ。僕がドリッラを抱きしめられれば、エルミーロも君を振り向いてくれる。 |
|
Aria | ノミオ |
だったらどんなに嬉しいことか、 | |
苦しみが愛へと変わり、 | |
心を自由に遊ばせることが叶うなら。 | |
けれどもそんなこと出来はしない。 | |
愛の神が求めるのさ、痛みに慣れろと。 | |
残酷な恋人の嘲りさえ愛おしめと。 | |
( Composizione di Geminiano Giacomelli ) | |
第8場 | |
(エウダミアとフィリンド) | |
Recitativo | フィリンド |
冷たいじゃないか、エウダミア。君は僕を不幸にしたいんだね。猛烈に怒らせたいのさ。 | |
エウダミア | |
やめてよ、フィリンド。辛いのはあなただけじゃないわ。 私だって、望みを失って、辛いし苦しいのよ。千の痛みに圧し潰されるよう。 悲しみが胸の底でのたうちまわっているわ。 |
|
Aria | エウダミア |
焼けつくような愛に焦がされ、私は惨めな苗木のよう。 | |
緑の葉をつけることもないと、庭師にも見捨てられた。 | |
けれどももっと惨めなことは、 | |
枯れたこの姿を晒さねばならぬこと。 | |
第9場 | |
(フィリンド一人で) | |
Recitativo | フィリンド |
僕はどうすればいいのだろう? 彼女が僕を好きでいてくれると信じれば、この悲しみも紛らわせることが出来る。 嫉妬すれば、それだけ心が苦しくなるばかりだ。 |
|
Aria | フィリンド |
お呼びじゃなかったのさ、そんな傲慢女など。 | |
男の流す涙を鼻にかけ、恋の苦しみを嘲う女さ。 | |
怒りと誇りを心にまとって、 | |
不実の女をこの胸から追い出してやるのさ。 | |
( Composizione di Geminiano Giacomelli ) | |
第10場 | |
(山奥の森で。エルミーロ一人) | |
Recitativo | エルミーロ |
惨めなエルミーロ!ああ、ちくしょう!こうなるとはっきり分かっていたさ! ノミオは僕のドリッラを奪って、この愛を引き裂こうとしている。 アドメートが褒美として彼女を与えようというのだから。 こうなったら、どんな手段にでも訴えてやるぞ。エルミーロ、勇気を出せ! 本当の愛を見せつけてやろうじゃないか。嘆きや臆病風は、この際きっぱり捨て去ってやるぞ。 |
|
第11場 | |
(アドメート、ノミオ、ドリッラ、エウダミア。 山の頂から、狩猟ホルンの伴奏で羊飼いたちの合唱が聞こえてくる) |
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Coro | 羊飼いたち |
歓喜のこだまよ、勝利の英雄にこの喝采のとどろきを届けよ! | |
あらゆる谷、すべての丘と草原よ、歓びの雄叫びを放て。 | |
魔物を挫いた無敵の勝者を誉めまつらんがために! | |
(歌声の響く間に祝宴が準備され、列席者が着席する。 木の頂上に、ノミオの名と、その功績が刻まれた銘板が掲げられる) |
|
Recitativo | アドメート |
今ここに、テンペは歓喜を以てそなたの栄誉を称賛しよう、勇者ノミオよ。 | |
ノミオ | |
ですが最も大切なものが、陛下、ここには欠けております。 愛するドリッラです。彼女こそ、この華やかなる宴を飾るに最もふさわしきものなのですから。 愛にあふれたわが心が、待ちわびております。 |
|
アドメート | |
ドリッラよ、こちらへ来るのだ。 お前だけだぞ、そんな不機嫌な顔をして、頑なに何も言おうとしないのは。 |
|
ドリッラ | |
私に何を話せと仰せでしょう?私は他の誰にもまして、この無敵の勇者を称賛しています。 | |
ノミオ | |
それはよくわかりますとも。それこそが、私に向けてくださる愛なのですから。 | |
ドリッラ | |
〔独白:いいえ、そうではないわ〕 | |
エウダミア | |
ものごとを成就させるには、心に余裕を持たなければ。 瞬時の恋のいのちは短いもの。雷鳴の閃光のように、突然に燃え立っては消えてゆくわ。 |
|
アドメート | |
それでは祝典を執り行う。クレタの美酒を高く掲げよ。 | |
Coro | 人々の合唱 |
よき酒に酔い、踊り、歌え。 | |
われらの喜びの赴くままに。 | |
杯を飲み干し、甘き果実をほおばれ。 | |
これぞ英雄ノミオにふさわしき捧げもの。 | |
おお、甘き果汁よ、心を揺さぶる、 | |
これぞいのちと魂の妙薬。 | |
第12場 | |
(そこへ猟師と森の民を伴ってフィリンドが現れる) | |
Recitativo | フィリンド |
猟師たちの一団が待機しております。陛下、ご命令を。 | |
アドメート | |
よし、よし、わかった。では、見渡しを良くするため、まずはこの生い茂った下草を刈り取るとしよう。 | |
全員で | |
さあ、いくぞ!狩りにいくのだ! | |
(森の民たちが下草刈りをおこなう。器楽の伴奏。森を囲んで皆が配置につく。 狩猟ホルンの響きとともに、鹿を追い求めて狩りが始まる) |
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Sinfonia al Ballo | |
Coro | 人々の合唱 |
皆でこぞりて狩りに出でん、 | |
手には弓持ち、足取り軽く。 | |
誰も獲物から矢を外すなかれ。 | |
これぞわれらの至高の愉しみ。 | |
(猟師たちが往来する) | |
勇者ノミオ万歳、 | |
獲物と猟師にも栄えあれかし! | |
(狩りの踊りが続く) | |
第3幕 | |
第1場 | |
(アドメートの居城に通じる中庭にて。アドメートとフィリンド) | |
Recitativo | フィリンド |
陛下、たいへんです。ドリッラ様をおたすけしないと。 | |
アドメート | |
どうしたというのだ? | |
フィリンド | |
エルミーロが… | |
アドメート | |
だから何だ? | |
フィリンド | |
武器を手にした取り巻きの羊飼いたちと森で狩りに興じているどさくさに、王女様を拉致したのです。 | |
アドメート | |
エルミーロの奴が?大急ぎでそのならず者を追え。行く手を阻め。早く行くのだ、フィリンド。 選りすぐりの兵たちをお前に預ける。奴らを追い詰め、捕らえたあかつきには、それなりの褒美を取らせよう。 |
|
フィリンド | |
わが主人の怒りが、この身を駆り立て、心を鼓舞する。 | |
Aria | フィリンド |
陛下のご命令を賜るその喜びで、 | |
この胸は激しく燃えております。 | |
復讐のためとあらば、この手に剣も握りましょう。 | |
陛下の安心、御恩に報いるために。 | |
たとえ望むものがなかろうとも、 | |
心は忠誠をお誓いいたしましょう。 | |
王に逆らう謀反の輩よ、この勇気の前に跪拝するなら、 | |
お前に平和を与えてやるぞ。 | |
第2場 | |
(アドメートとノミオ) | |
Recitativo | アドメート |
おお、なんと情けない娘だ!余の名誉に泥を塗るために、お前の命を援けたというわけか? | |
ノミオ | |
怪物の臓腑のなかからでなければ、その誘拐犯の罪にまみれた手中より、 陛下、必ずや王女様を取り戻してみせましょう。私には運命の女神がついているのです。 |
|
アドメート | |
どうした?ノミオではないか、娘が… | |
ノミオ | |
ええ、その二人の逃亡を耳にして、ただちに二人もろとも不意打ちにしたところです。 | |
アドメート | |
二人は何処だ?すぐにここに連れて来い。忌まわしいその罪状に、恐ろしい罰を下してやる。 | |
ノミオ | |
いいえ、ドリッラ様は無理矢理に連れ去られたおん身。陛下が怒りをお向けになるのは当たりません。 私がお願い申し上げたいこと、それは陛下の怒りのすべてをエルミーロにそそぐことです。 |
|
アドメート | |
余の名誉を泥につけた不埒な娘を許せということか? | |
ノミオ | |
ドリッラ様の身はまだ穢されておりませんでした。陛下のお気持ちもそれで収まりましょう。 ああ、やって来ましたよ。 |
|
第3場 | |
(ドリッラとエルミーロが加わる) | |
Recitativo | アドメート |
のこのこと現れおったな、恥知らずの悪党め。自らのなした悪行に対する罰を受けるために、 主君の前に連れ出されたというわけか。 |
|
エルミーロ | |
陛下、おっしゃる通り、私は罪を犯しました。王であられるなら、相応のお裁きも下されましょう。 確かだと思われる色合いも、また異なる光のもとに置かれるならば、違って見えるものです。 無念ですが、すべてを捨てて、運命に従います。 |
|
アドメート | |
お前は万死に値する。 | |
ドリッラ | |
そんなひどい話はないわ。お父様、彼をそうさせたのは、私のせいなのです。 私がそう仕向けたのですから。私の愛を求めさせようと。 ですから、公正な裁きを下さるというなら、非難されるべきはその結果ではなく、この事態を招いた理由なのです。 |
|
エルミーロ | |
君の思いやりだね、ドリッラ。君の愛は高潔そのものだ。 けれど、その甲斐もなく、僕のいのちは奪われてしまうだろう。 僕の血は、君への愛ゆえに流されるんだ。 |
|
アドメート | |
おお、聞いたか、ノミオ、いまのせりふを。この者たちは、二人して純愛ごっこをしている。 だが、そんなものは余の怒りをさらに増すだけだ! |
|
ノミオ | |
私の愛は怒りに戦慄いております。 侮辱にまみれながら、もうこれ以上、眼前のこの屈辱に堪えることは出来ません。 ドリッラ、あなたは残酷な人だ。恩盗人のことはもう忘れる。 そして、恐れを知らぬ恋人よ、 君は自らの血を以て、私の恋敵であったことを証し、彼女への誠実のしるしとして残すが良い。 |
|
Aria | ノミオ |
誠実な恋人よ、私たちは見ることだろう、 | |
賞賛に値すべき君のその愛の姿、 | |
君の涙、君の一途の思いこそ、 | |
同情されるべきものであると。 | |
君の心は喜びを感じることだろう、 | |
私が君の運命を憐れんでいるのだから。 | |
そうとも、そのあっぱれな誠実さの報いとして、 | |
そう、君は死んでゆくのさ。 | |
第4場 | |
(ドリッラ、エルミーロ、アドメート) | |
Recitativo | ドリッラ |
ああ、お父様、お願いですから、あなたをお父様とお呼びすることをお許しください。 罪深き乙女が、その御前に跪づいております。それでも、あなたの娘なのです。 どうか、哀れな娘の願いをお聞き届けください。 エルミーロにではなく、どうかこの私に、そのお怒りをお向けください。 そのお膝を、おん手をこの涙で濡らしながら、切にお願いいたします。 私の魂を体したこの唇にくちづけをしてくださいと。 そうするほどに、この唇に宿る私の心を感じていただきたいと。 |
|
アドメート | |
そのさもしい涙で以て、無分別な娘よ、お前は愚かにも余の同情を惹こうとしておるな。 お前はことごとく余に逆らってきたというのに。 余の心は決まっておる。お前の運命を後戻りさせることは出来ない。 お前はノミオの夫となり、エルミーロは死ななければならぬ。 |
|
ドリッラ | |
お父様、あんまりですわ。 わかりました、エルミーロは死んでゆくのですね。 けれど、そのときには、お父様はもう私の涙を見ることもないでしょう。 私も死んでいくことにいたします。勝利の二重唱のように。ああ、あんまりです。 |
|
Aria | ドリッラ |
嘆きのわが心よ、苦き悲しみのただ中で、 | |
もう堪え抜くことも出来はしない。 | |
慰めてくれる者とて、いはしないのです。 | |
すべては狂気にまみれ、わが父は暴君となり果て、 | |
生きることはまるで拷問のよう。 | |
ただ死神を待ち望むことだけが、唯一の慰め。 | |
第5場 | |
(アドメート、エルミーロ) | |
Recitativo | アドメート |
よし、そやつを断末魔の苦しみのなかへと引き出してやれ。 卑しむべき悪党め、王の怒りの何たるかを、じきに思い知らせてやる。 |
|
第6場 | |
(エルミーロとエウダミア) | |
Recitativo | エルミーロ |
僕の心を恐れさせるものは、いのちに対する執着でもなければ、死の恐怖でもない。 唯一の心残り、それは愛するドリッラと別れなければならないということだ。 |
|
エウダミア | |
この期に及んでまで、あなたの口からドリッラの名前を聞かされるのね? そのせいで死んでいかなければならないのに。 あの魔性の女に、そこまで狂わされてしまったの?どこまで盲目なの? |
|
エルミーロ | |
ああ、やめてくれ。お願いだ、僕を苦しめないでくれ。 盲目というなら、そのまま死神のところへ行かせてほしい。 僕が愛したのが君だったとしても、もし永遠の愛を誓ったのが君だったとしても、 僕は君のために同じことをしていただろう。 そのとき君は、僕を狂人呼ばわりするだろうか。きっと誠実だと思ってくれるだろう。 |
|
エウダミア | |
ああ、ひどいわ、それがあなたに思い焦がれている女かける言葉なのね? でもよく聞いて。今はそんなことを言っていても、あなたはきっと自分の強情な盲目ぶりを後悔するわ。 私はそのときが待ち遠しい… |
|
エルミーロ | |
よくもそんなことが言えるな… | |
エウダミア | |
もう行って頂戴、ひどい人! | |
エルミーロ | |
エウダミア、まだ話は終わってないぞ。 | |
Aria | エウダミア |
あなたの顔など二度と見たくない、 | |
あなたの声なんかもう聞きたくないの。 | |
うわべだけの、そんな冷たい言葉を。 | |
邪で悪意に満ちて、ぞっとするほど無慈悲で、 | |
そんな心が裏に潜んでいるのですもの。 | |
第7場 | |
(兵士たちに囲まれたエルミーロ) | |
Recitativo | エルミーロ |
わがものとしたいと願うものを、虚しく探し続けた。 そして、希望の接ぎ木も結局は僕にとっては枯れ木のように役立たずだった。 |
|
Aria | エルミーロ |
僕の愛は安らぎを忘れてしまった、 | |
不幸な心には憩う場所もなく、 | |
虚しく救いを追うばかり。 | |
愛する人はわがもとを去り、 | |
望みを失い、おお、神よ、 | |
あなたのご慈悲まで信じられなくなりそうだ。 | |
( Composizione di Johann Adolph Hasse ) | |
第8場 | |
(河のほとりの森で。ドリッラ一人) | |
Recitativo | ドリッラ |
悩めるドリッラ、こうしてふらつきながら、いったい何処まで行けばいいのかしら。 エルミーロは死に直面し、お父様は私の涙を少しも分かってくれない。 ああ、もう駄目だわ。神様、お父様がやって来た。 そして、鎖に繋がれた、可哀そうなあの人も。 |
|
第9場 | |
(アドメートと、鎖に繋がれたエルミーロが登場する) | |
Recitativo | アドメート |
これから起こることを、よく見ておくのだ。 | |
ドリッラ | |
冷酷な父よ、分かっています。 この手のこんだ仕掛けが、あなたの傲慢なプライドを満たすのに必要だということを。 でも、それさえちっぽけなこと。 この陰惨な儀式をもっと面白くする方法を教えてあげるわ。 この胸に、私の胸にその怒りをぶつければいいのよ。そしてこの血管を切り裂くがいいわ。 それこそ、ぞっとするような見世物になってよ。 |
|
エルミーロ | |
落ち着くんだ、ドリッラ。強い心で僕の死を乗り越えてくれ。 馬鹿な考えに心を奪われてはいけない。たとえ僕のためであっても。 |
|
アドメート | |
これ以上は時間の無駄だ。この男を木に縛り付けろ。 そしてお前らの手で、矢を射て殺してやれ。 |
|
(エルミーロが木に縛り付けられる。6人の兵士が弓と矢を手に一列に並び、彼に狙いを定める) | |
ドリッラ | |
ああ、あなたの狂気が私の死を許さず、あの人の生を許さない。 残酷な父親よ、私がその狂気を後悔させてあげるわ。 自分の邪魔立てなど出来ないと思い込んでいるのでしょう? いいえ、死神は絶望に瀕した心を目ざとく見つけられるものよ。 あなたは私の愛を失ってもかまわないのよね? ええ、あなたの娘は、あの方とともに死んでゆくわ。冷酷な父親を持ったばかりに。 |
|
(ドリッラが走り去り、そのまま河に身を投げる) | |
第10場 | |
(アドメートとエルミーロ) | |
Recitativo | アドメート |
おお! | |
エルミーロ | |
よせ。 | |
アドメート | |
ああ神よ、娘を援けたまえ! | |
エルミーロ | |
ああ、もう駄目だ、激流が彼女を呑みこんでいく。 さあ、暴君め、さっさと私を殺せ。恐れを知らぬ愛に、僕も付き従おう。 |
|
アドメート | |
すぐにこの男を殺してしまえ。奴は余の不幸のすべての元凶だ。 | |
第11場 | |
(ノミオの腕に抱かれたドリッラ。そこにフィリンドが加わる) | |
Coro | 悲しみの影よ、消え去れ。 |
真の愛はあまねくを喜びと笑顔に変えたもう。 | |
天は暗き雲を追い払い、 | |
苦悩は歓喜にその場を譲る。 | |
Recitativo | ノミオ |
アドメートよ、ここにお前の娘がいる。神が救ったのだ。即ちこの私だ。 私はアポロン。ノミオではない。今まで、羊飼いに身をやつして来たのだ。 ダフネやクリツィアと同じように、最後のドリッラもまた、私の不運なる求婚を撥ね退けた。 エルミーロの鎖を直ちに解け! 娘はその父親のもとへと返そう。同時にその恋人のもとにも。 二人とも、その腕にしっかりと、この忠節にあふれた女を抱きとめるが良い。 |
|
アドメート | |
無事だったか、愛する娘よ。 | |
エルミーロ | |
この腕に抱かせておくれ、素晴らしき花嫁を。 | |
ドリッラ | |
ああ、幸せだわ! | |
エウダミア | |
ああ、なんて素晴らしい! | |
フィリンド | |
まったくもって、奇跡だ! | |
ノミオ | |
良いかエウダミア、お前はフィリンドの一途の思いに、彼の妻となることで報いるのだ。 | |
エウダミア | |
わかりましたわ。 | |
アドメート | |
この奇跡を前にして、歌声よ、この二組の栄誉を祝福しよう。 | |
Coro | 天は慈しみを垂れたもう、 |
即ちこの二つの真実なる愛のもとへと。 | |
そは忠実なる魂に向けられし、 | |
み恵み、そして名誉なり。 | |
終わり | |
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